令和はトラウマの時代になる

2021年10月2日

眞子さまが複雑性PTSDを公表された。
ただ実質的には一般的に「適応障害」と診断される症例に近いんだと思う。「複雑性PTSD」はまだDSMに載っていない。まあいずれにしてもトラウマ(心的外傷)が問題なのは間違いないし、この1件でアダルトチルドレンや発達障害みたいに注目されることになるのかもしれない。どこかで「平成は発達障害の時代だったが、令和はトラウマの時代になるのではないか」という文章を見たのを思い出す。

この日記ずっと読んでる人どれだけいるのかわからないけど、結果的にこの1年はトラウマについてかかずらうことになってしまった。
そもそもなんでこんなことになったかといえば、話はある日なんとなくネットでやった診断(これ)に遡る。もともと生きづらさ抱えている人間なので似たようなのはよくやってたし、今回もいつも見るような結果が出るんだろうと思ってたけど、これは初めて見る単語があった。それが「トラウマを抱えている可能性がある」という結果。
これが妙に印象に残っていて、今年の初めに一気にメンタル崩したときに一番に思い出したのもこれだった。
もともとネット経由で細い人付き合いができるようになった頃からも、心の中でこれやっぱり何か普通の人と違う病的な問題があるんじゃないかって疑念が拭えないことが多かったので、いよいよ時が来たかと思って観念して取り掛かるようになった。

症状も寛解に近いしそろそろ年末も迫ってるのでいったんここで読んだものをまとめてみる。

ベッセル・ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法』

第一人者による大著。CTスキャンによる脳画像を根拠とした客観的な科学的証拠を積み上げ、「心の傷」が「身体」にはっきりと変化をもたらすことを主張する。心理学よりも脳科学・神経生理学がベースになっていて、説明はすべて脳や神経系の生理学的メカニズムに基づいている。治療法では薬よりもヨガのような様々な精神療法を提案しているのが特徴。トラウマ処理という常識を遥かに越えた世界を目の当たりにさせられて衝撃を受けた。

ジュディス・L. ハーマン『心的外傷と回復』

上記に並ぶトラウマ研究の古典的大著。文学的ですらある生々しい筆致による当事者の心理的な模様が微に入り細に入り描かれている。ヴァージニア・ウルフやティム・オブライエンのような戦争体験を扱った文学作品もよく引用される。ちょっとずつ読み進めてるけどあまりの生々しさに読んでて具合悪くなるからまだ読み終われそうにない。

熊野宏昭『ストレスに負けない生活 ――心・身体・脳のセルフケア (ちくま新書)』

何度も書いてるけど新書のサイズでこんなに心身の繋がりを突っ込んで書いている本はない。ヴァン・デア・コークの大著と重なる部分がかなりあり、身体的な介入がなぜ精神面の問題に効くのかというのを事細かく書いている。著者は日本におけるマインドフルネスの第一人者でもあり、そっちの著書もよい。

伊藤絵美『セルフケアの道具箱』、伊藤正哉他『こころを癒すノート』

薄めの自助本としてはこのへんが。本屋に行ったら目立つところに並んでるんじゃなかろうか。即効性が期待できるようなものではないけどしんどくなってる人間に厚い本はそうそう読めない。

水島広子『トラウマの現実に向き合う: ジャッジメントを手放すということ』

ある分野について調べていると、そのジャンルを越えた普遍性を持った本に出会うことがあるけど、今回はこれがそれだった。
何度も絶版になりながらも何度も版元を変えて出版されているらしく、そういう経緯がなんとなく読み取れる本。
著者は対人関係療法という心理療法の日本における第一人者で、長年の臨床経験を重ねるうちに心に溜まっていった思いを一挙に書ききったという印象を受ける。そういう力を感じる本。
どちらかというと治療者向けの啓蒙書の体裁を取っていて、「治療者は病気の専門家ではあるが、人間の専門家ではない」という序文にほぼすべてのメッセージが込められている。
本の中ではそもそも人間誰でも心になんらかの問題を抱えているにも関わらずそれを「病気として扱う」という部分をどうするのか、という本質的なところが語られている。
本ではこれを「ジャッジメント」「アセスメント」というキーワードで直感的かつ本質的に分析される。治療者が介入できるのはあくまでも「モデル」としての精神病までで(アセスメント)、人間としての全的な回復にはむしろ診断が「ジャッジメント」に繋がり、病名をアイデンティティにしてしまうような事態を警告している。そしてその人間としての回復も「自己コントロール感覚の回復」と簡潔に述べられており説得力がある。
総じて精神における病と健常の境界にいる人に向けて必要な言葉を噛んで含めるように丁寧に丁寧に説いている本当によい本。

花丘ちぐさ『その生きづらさ、発達性トラウマ? ポリヴェーガル理論で考える解放のヒント』

ポリヴェーガル理論については理論として整然としすぎていてちょっとどうなんだろ……と思う部分が多いんだけど、知的な興味関心としてはだいぶ面白い。何よりこの考えをベースとしてソマティック・エクスペリエンスにかなり効果が認められているという実績もある。
この本はポリヴェーガル理論についての最も簡便な入門書で、入門書すぎるせいで説明が簡略化されすぎていてちょっとうーんってなる部分も多いんだけど総じて知的な興味として面白かった。

杉山登志郎編『発達性トラウマ障害のすべて こころの科学増刊』

杉山登志郎さんは日本におけるトラウマの現場対応の第一人者らしく、ヴァン・デア・コークの序文など様々なところで名前を見る。
この本では薬の処方から自分でできるエクササイズ的な簡易療法やほぼ疑似科学そのものだけど現場では使われているTFT(ツボ押し)までありとあらゆるトラウマの精神療法の論文が収録されている。日本の戦後や認知療法の歴史やなど読み物としても関心を惹かれる部分が多い。

『「日常型心の傷」に悩む人々』(現代のエスプリ no. 511)

論文集。タイトル通り戦争や災害や性暴力やのような強烈な体験ではなく、現代の日本の社会における地に足のついたレベルで起こりうる出来事についての心の傷をモデルとした事例が扱われている。2010年刊で微妙に内容が古くなっているのにもったいなさを感じるんだけど(たとえばネットでのいじめを扱った論考にはSNSは含まれていない)、それでも発達障害やいじめや各種ハラスメントなど現代の環境がいかに心の傷を生みやすいかが網羅的に書かれている。

こんなところか、健康に過ごせるといいですね。