吉沢譲治『血のジレンマ サンデーサイレンスの憂鬱』

サンデーサイレンスの名前を初めて知ったのは2016年。新千歳空港のすぐそばにある社台グループのテーマパーク・ノーザンホースパークに寄ったときだった。
オフシーズンで人通りの少ない園内をふらふら歩き回り、端にあった小さなミュージアムに入った。中では社台グループが生産した数々の名馬が紹介されていた。
その中でステイゴールドやディープインパクトといったどこかしらで聞いた覚えのある名馬と並び、大きく紹介されていた知らない馬の名前が妙に印象に残っていた。サンデーサイレンス。

時は流れて2021年、ウマ娘を始めたついでにずっと気になっていた「社台グループというところから出禁を食らっているため出せない馬がいる」という話を本腰入れて調べたくなってきたので競馬業界の基礎知識を入れ始めた。

基礎的なところを学んでいってるうちにだいたい把握できたのが、
・馬主の他にも生産牧場や厩舎といった利害関係者がいる。
・社台グループは基本的には生産牧場だけど総合的にいろんな商売をやっている
・競馬はブラッドスポーツとも呼ばれるほど血統が重要で、特に種牡馬(父親)が重視される

そのあたりの背景とウマ娘に許可が出ている競走馬が90年代に偏っている事情から陰に陽に名前が浮かび上がってくるのが、社台グループが90年代に導入した大種牡馬・サンデーサイレンス。

この馬が社台グループの力の源なのか、あるいはサンデーサイレンスを軸にした史観で書かれた競馬史のようなものがあったら求めてることができるんじゃないか、という考えのもと本を探し始めて行き着いたのがこの本。結果的には大当たり。

著者の吉沢譲治は血統を専門にする競馬評論家で類書を何冊か出している。また判官贔屓的で反社台的な立ち位置の人らしい。この本も序文で零細牧場が潰れていくことに思うところがあると明言しているものの、全体的な筆致としてはだいぶフェアだと思う。
全体的な論調もセントサイモンの悲劇に則った歴史的な視点や競走馬の交配法則を論拠にした社会学的な視点が中心で、競馬を知らない人向けの解説も時宜入っているので前知識はなくても読める。

第1章ではまずサンデーサイレンスが種牡馬としていかに巨大な存在だったかが論じられる。
そもそもの前提としてサンデーサイレンスが導入される直前の90年代前半は、それまで日本で主流だったノーザンダンサー系が勢いを失っていた時期にあたっていた。オグリキャップからナリタブライアンまでの黄金期の競馬ブームもちょうど主流血統の交代期で戦国時代になりやすい下地があったという血統面の事情も面白い。
そして、同時にバブル景気で世界経済で一人勝ちだった日本はこの時期に海外から名馬を買い漁っていた。ジャパンマネーの黄金期。そうした時流の中で日本にやってきたのがサンデーサイレンス。そしてトニービン・ブライアンズタイムと共に種牡馬御三家が形成され、日本の競馬が世界に通用するクラスまでレベルアップする。

また、業界最大手の社台グループがサンデーサイレンスのような大当たりの種牡馬を買ったのも偶然ではなく、そもそもが日高の中小牧場と社台とで経営力が違いすぎるんだとか。社台もノーザンテーストやサンデーサイレンスのような当たりを見抜いて買っているわけではなく、「どんな馬が走るかはわからない」の理念のもとひたすら数を打ちまくっているという記述がどの本でも出てくる。大失敗に終わった買い物もいくつも挙げられている。一方で日高は社台の後追いでラムタラの巨額投資で自滅していくという。「イオングループと商店街」ってのが非常にわかりやすい。

サンデーサイレンスがどれだけ巨大で別格で歴史的で異次元の種牡馬だったからはもう令和3年のいま走っている馬の血統図見るだけで嫌になるほど思い知らされるけど、それでも本の記述で特に関心を惹かれるのはサンデーサイレンスの血の最大の強さは「柔軟性」にあったという指摘。
サンデーの子たちは漆黒の毛色を受け継いでいることが多いものの脚質や体型はばらばらで、これは交配した牝馬の特徴がそのまま引き出されるケースが多かったとのこと。配合する牝馬によってステイヤーから短距離、重量馬から軽量馬までありとあらゆるタイプの馬が生まれた。だから母系あるいは母の父の特徴が重視される。
これはサンデーサイレンスに限らずサラブレッドの歴史で数十年に一度現れる革命的な種牡馬に共通する特徴で、ノーザンダンサーも同じように様々なタイプの子どもが生まれたんだとか。

ここまでがサンデーサイレンスの功罪の功の部分で、2章以降がタイトルにもなっている革命的な種牡馬が陥る「血のジレンマ」の部分。
メカニズム自体は至って簡単で、サンデーサイレンスのように革命的な種牡馬が出てきた場合、その息子や娘がそれぞれ繁殖馬となったとき血が近すぎて交配できないということ。そこから異系の種牡馬がつけいる隙が生まれる。実際にサンデーサイレンスの死後リーディングサイアーを奪ったのもサンデーのヘイロー系の血を持たないミスタープロスペクター系のキングカメハメハだった。
著者はこのミスタープロスペクター系の日本への導入を非常に重要視していて、実際この本(2011年刊)が書かれたあとの10年はディープインパクトとキングカメハメハの二大勢力になっており、今の種牡馬リーディングでもロードカナロアやルーラーシップが名を連ねている。

また、サンデーサイレンスの息子も飽和しているため、種牡馬として高値がつくには競走馬当時の成績が重視されることになり、競走馬として走らなかった馬は種牡馬としても安値で買い叩かれる。しかし素質や血は変わらないため、種牡馬として逆転劇が生まれることもあり、その代表事例として3章でフジキセキ、4章でステイゴールドが取り上げられる。

そしてこのあたりの構造から、最後に競馬業界の生産側における格差問題が取り上げられる。
社台グループの一極集中も今のG1の出走馬見ればノーザンノーザンノーザン社台社台ノーザンで一瞬でわかるけど、これはいずれ袋小路に落ち込む危険性を指摘している。閉じた血統は必ず縮小再生産の道を歩む。たぶんこのあたりがアンチ社台の論客だったらしい著者の最も主張したい部分だろう。
これを防ぐには傍流の血統を入れる必要があり、メジロやタニノといったオーナーブリーダーによって繋がれてきた独自血統が歴史上で存在感を放ってきたのはこのような需要があるからだとしている。また、サンデーサイレンス自身もこれほどの成功を収めたのは同時期にライバルとしてブライアンズタイムを擁した早田牧場があったからだとも。

社台はこの後種牡馬入りしたディープインパクトのために海外から繁殖牝馬を買っているが、これは構図としては中小の牧場を疲弊させて得た資金が海外に流出しているだけではないかと著者は指摘している。
そして解決策として、サンデーの血を持った馬を海外マーケット向けに売り込み、その血の有用性を知らしめることで日本の生産牧場のマーケットを海外へ広げることを提案している。
サンデーサイレンスは傍流血統のため(だからアメリカで売れる前に日本が買えた)、欧州や北米で飽和しているノーザンダンサー系やミスタープロスペクター系と相性が良い。サンデー系が飽和している日本と逆の理屈が成り立つ。

そんなところで最近ではディープの娘が16馬身差でヨーロッパのオークスを勝っている。