岡田英弘『世界史の誕生』『日本史の誕生』(+『歴史とはなにか』)

2022年3月28日

何年か前にネットの記事で岡田英弘の名前を見た。
現在の中国共産党のナンバー2(習近平の右腕らしい)王岐山という人が岡田英弘を高く評価しているんだとか。

王岐山イチオシの日本人歴史学者:日経ビジネスオンライン(アーカイブ)

「…去年、岡田英弘の歴史書を読みました。そのあとで、私はこの人物の傾向と立ち位置を理解しました。彼は日本の伝統的な史学に対し懐疑を示し、日本史学界から“蔑視派”と呼ばれています。彼は第三世代(白鳥庫吉、和田清につぐ?)の“掌門人(学派のトップ)”です。モンゴル史、ヨーロッパと中国の間の地域に対するミクロ的な調査が素晴らしく、民族言語学に対しても非常に深い技術と知識をもっており、とくに語根学に長けています。彼は1931年生まれで、91年に発表した本で、史学界で名を成しました。これは彼が初めてマクロな視点で書いた本で、それまではミクロ視点の研究をやっていたのです。私はまずミクロ視点で研究してこそ、ミクロからマクロ視点に昇華できるのだと思います。大量のミクロ研究が基礎にあってまさにマクロ的にできるのです」…

ここで書かれている1991年に発表した本が、今はちくま学芸文庫に入っている『世界史の誕生』。

世界史の誕生─モンゴルの発展と伝統 (ちくま文庫) | 岡田 英弘 |本 | 通販 | Amazon

岡田英弘の仕事は岡田史学とも呼ばれていて、特徴はモンゴル史の研究をベースに西洋史から中国史、そして日本史を一挙に見通すとてつもなくマクロな視座を持っていること。最近の世界史でもポストモンゴルが重要視されてるらしいけど、そのへんの事情は歴史マニアじゃないのでわからない。いわゆる学校で習った歴史とはまったく違った史観が展開されていて、読んでいくと自分の中の常識がみるみる崩れ落ちる読書体験ができる。
歴史系のこういう本は逆説の日本史とかトの字の本も多いけど、この人は東大出で東京外国語大学の先生。ただし歴史学界では早くから異端派で相手にされていなかったらしいのでちゃんとした批判らしい批判もあんまりない。そのあたりを割り引いて読む必要はある。

個人的な関心で読んだきっかけは例によって吉本隆明の共同幻想論。このサイトに置いてある文章にも書いた通り、この本は古事記を扱っているんだけど、その解釈は素人目に見てもちょっと額面通り受けとるには……という感じだったので(ついでに書いとくと個人的にそこは吉本の思想にはそこまで重要度がないと思っているので社会思想史の話から書き始めて、遠野物語と古事記の扱いの補助線に宗教社会学の話を入れようとしたら無謀すぎて詰んだ)、もうちょっと副読本になりそうな解説書がないかと探しているうちに行き当たったのが岡田英弘の名前だった。

日本史の誕生―千三百年前の外圧が日本を作った (ちくま文庫) | 岡田 英弘 |本 | 通販 | Amazon

これは日本の古代史を大きく東アジア全体の流れから捉えようという視座から書かれていて、ざっくり言えば「日本」という国は7世紀頃に大陸側の情勢が不安定になったため、それまでばらばらの氏族が乱立していた日本列島で結束した政治体制を作る必要が生まれ、そこで大宝律令のような法律や、1つの「国家」としてのアイデンティティを確立するために日本書紀のような歴史書が編纂された、というのが主張。
つまり、実質的な日本の始まりは天智天皇あるいは天武天皇によって作られた国。天皇という号は「皇」の字の通り、当時の中国の元首が「皇帝」だったのでそれに対抗するために名付けられたのが本来の由来。要するに日本という国のアイデンティティとは中国文明への対抗あるいは差異化の文明。
その後もっとコアな内容の『倭国―東アジア世界の中で』も買ってみたけどこれは歴史書特有の固有名詞がどこどこ出てくる濃さに音を上げてそっと閉じてから数年が経った。

そしてつい最近になって夜中のテレビで流してたNHKのドキュメンタリーで「習近平は中国伝統の皇帝だ」という言葉が耳に入り、ふと岡田英弘のことが連想された。番組のタイトルや正確な内容は思い出せないけどたぶんこれだとおもわれる。

中国新世紀 中国共産党 一党支配の宿命(前編) – NHKスペシャル – NHK

蔡霞「中国共産党は、すでに思想の袋小路に入っています。これまでの思想や理論の蓄積がすでに尽き、現代文明の思想の成果も吸収していません。これは、2000年以上続いた中国伝統の皇帝による統治です。中国共産党は、皇帝支配の文化なのです」

中国新世紀 中国共産党 一党支配の宿命(後編) – NHKスペシャル – NHK

これを観ながらそういえば岡田英弘の本で似たようなタイトルの本があったなと思って検索して出てきたのが『皇帝たちの中国』で、今年2022年になって岡田市の妻であり共同研究者でもあった宮脇淳子の補論が付け加えられた新版が出てきたのを知って注文した。

皇帝たちの中国 始皇帝から習近平まで (WAC BUNKO 359) | 岡田 英弘 |本 | 通販 | Amazon

ちなみに宮脇淳子はチャンネル桜とか出ててぶっちゃけイデオロギー的には保守とか右翼の人なんだと思う(岡田英弘の本も一般向けになるほどそういう傾向が透けてる)。
しかし一方で最初に書いたように現在の中国共産党の重鎮がきわめて高く評価していたりもする。ふしぎだね。そこが岡田史観の一筋縄ではいかないところである。

そんなところで先に届いたこっちを先に読んでるんだけどだいぶ噛み砕かれてて読みやすい。あと良くも悪くも事実の記述というより著者の歴史観の主張という感じが強く出てるので逆にこっちが先のほうがいいかもしれない。元気だったらあとでまた書きます。

歴史とはなにか (文春新書) | 岡田 英弘 |本 | 通販 | Amazon