高橋徹也に関する回想録と『怪物』

高橋徹也に関する回想録と『怪物』

高橋徹也という人は僕が長く聴いている音楽家の中でもかなり不思議な立ち位置の人で、知名度的にはあまりメジャーとは言い難いと思うし、加えてインディーズシーンであるレーベルや関係性やカテゴリーで括られるようなジャンル音楽をやっているわけでもない。音楽性が極度にアングラでマニアックということもない。

90年代にメジャーシーンで残した2枚のアルバムは一部からきわめて強く支持されているが、それもなんというか、ある一定のルートに従って掘っていると必ず向き合うことになる、というもんでもないし、また伝説的な作品を残し煙のように消息不明になったわけでもなく、もう20年以上音楽活動を続けている。しかし、事実として自分が見てきた限りここ10年以上は常にずっと根強いリスナーが存在し続けていたし、いまだに新しいリスナーを獲得し続けている。

そういう捉えどころのなさが惹かれる点の1つかもしれない。

★★★

せっかくまとまった文章にするので根っこのところから書き起こしましょう。

高橋徹也は1996年メジャーデビュー。ソニーで3枚のアルバムを残す。その後もずっと活動を続け、『怪物』が11枚目のアルバムになる。

さて、高橋さんといえば本人が「良い意味でも悪い意味でもずっと自分につきまとう」と書いているように、90年代の2枚のアルバム『夜に生きるもの』『ベッドタウン』が名前と結びついた代表作です。現在はサブスクで手軽にアクセスできるようになりました。

レコード会社からしても思い入れがある仕事だったのか、CDは2010年代に入ってからソニーの自社通販でオーダーメイドで復刻された。最近の中古相場見てませんが盤で欲しい人はこちらで買いましょう。→高橋 徹也 | Sony Music Shop

この2作はなんというか、言葉で何言っても野暮になるようなところがあるんだけど、個人的にスピッツやフィッシュマンズが残した諸作と並ぶ90年代の邦楽の作品で何指かに入る名盤です。初めて知った高校生の頃から本当に延々と聴き続けている。自分自身も後追いでネットでも昔から延々と布教を続けているんだけど、下の世代の方からもぽつぽつ好感触が貰えるのでこういう空気感や世界観の音楽はどの時代も一定数は刺さるタイプのリスナーがいて一定数は求められているんじゃないかと思う。

『夜に生きるもの』は地面に倒れている印象的なジャケットが予告しているように都会的でダークな作品世界。焦燥と怒りが入り混じったロックの衝動性。才気走るギターと歌。菊地成孔を始めすさまじい人数のスタジオミュージシャンがクレジットされた演奏陣。どれを取っても特異的な才能を持った青年と90年代という時代の空気が交錯したところで結晶し、生み出された。

『ベッドタウン』ではこれがさらに先鋭化され、完全に「あっち側」に行っちゃった人になる。前作がまだ尖ったポップミュージックの範疇にぎりぎり収まっていたのに対しこっちは完全に狂気である。マラカスを振りながら後ろ向きに走る歌から始まり、ホテルが深海に沈む幻想を通過し、信号待ちとベッドタウンの風景が徐々に薄れていき、「犬と老人」という、一種の聖性すら感じる一曲によって解放を迎える。

個人的な話だと昔から文学青年に憧れてたので歌詞には特に魅了されていた。都会的でダークで、時にシュルレアリスティックな非現実性が混ざり込んでくる。高橋さんは昔から読書家で、特にサマセット・モームやヘミングウェイのような渋い外国文学に造詣が深い。そういえばガルシア・マルケスの名前を最初に覚えたのもタカテツのウェブ日記からだった気がする。

余談ですが村上春樹の『アフターダーク』が出たときメイン格の登場人物にタカハシテツヤというトロンボーン奏者の青年が出てきて、作品世界や人物像の類似とその後村上先生がスガシカオ聴いてることが判明したことでもしかしてモデルではという噂が囁かれていたことがある。

その後ソニーからインディーズに移るわけですが、ここを整理するとなると……と思ってたらご本人がセルフで区分けしてくれてた。

ところで今、何期? | 夕暮れ 坂道 島国 惑星地球

ソニー時代の3枚が第一期、2000年代が第二期、『大統領夫人と棺』(2010年代)から『Style』までが第三期、『怪物』から第四期。とのこと。まあリスナーの感覚的にもだいたいそういう感じですよねとはなる。

2000年代は『REFLECTIONS』『ある種の熱』が代表的な作品になるかな。改めて振り返るとこの時はまだベッドタウンを作り上げた直後にあたっていて、あれだけの重いコンセプトアルバムを作った影響は少なくなかったのではないかと思われる。正確な期間が思い出せないんだけど『ある種の熱』の後は事実上活動を休止していた時期があり、僕が聴き始めたのはちょうどこの頃にあたっていた。そういうのもあって今リアルタイムで聴けてるのはとてもうれしいんですよ。

この時期は比較的しっとりした曲が多い。ニューウェーブみたいな音色やジャズを取り入れた曲が見て取れて、AOR的なポップスも多い印象がある。ただこの人どうも曲のストックが相当多いらしくて、ずっとライブの定番レパートリーに加わっていながら何年も後になってやっと音源化してアルバムに収録されるということもよく見られるので、単純にリリース順に作風の変遷追うのはちょっとだけ予防線張っときたい。

その後2013年に第三期と位置づけられている7年ぶりのアルバム『大統領夫人と棺』がリリースされるわけだが、個人的な感覚からしてもこのあたりで流れが変わったと思う。前年には廃盤になっていたソニー時代の音源を集めたベストが出て、翌年には1999年にレコーディングされてお蔵入りになっていた『REST OF THE WORLD』が世に出る。ライブ活動の方もなんとなく生き生きしてきたような雰囲気があった。

『大統領夫人と棺』は個人的にかなり好きなアルバムです。文学への志向が強く出ていて、三人称的な視点で語られる掌編小説あるいは短編映画のような印象を受ける。表題曲はマジックリアリズム的なラテンアメリカ文学の世界観への傾倒が見られ、このあたりは初期作によく出てくる悪魔や不気味な存在たちのモチーフの変形とも読める。サウンド的にはバンドのアンサンブルやセッションの緊張感による高いテンションがあり、初期とはまた違った形で衝動性の揺り戻しが来ているような気もする。世間的にも実際人気があるらしくていまだに中古値が高止まりしたままになってるっぽい。サブスクか再々プレス待ってます。

★★★

さて、枕でだいぶ長くなりましたが最新作の『怪物』はというと、一言でいえば明るくて抜けが良くなった。まあ言っても高橋徹也の熱心なリスナーにすればくらいの話で、「アルバムタイトルが日本語の時は、よりドロッとした質感になる」と語っているように、基本的にこの人独特の作品世界とポップセンスはやはり通底してるのは間違いない。「ハロウィン・ベイビー」の80年代を消化した感触なんかはこれこれ~っとなる。あと価格2000円。安い。すごい。

しかし1stのポスト小沢健二的路線や前作のカラーとも違って、今までで一番ストレートなロックに近いんではないでしょうか。最近よく交流している山中さわおの影響かピロウズみたいな手触りもある。このカラーを決定づけていると思われるのが「怪物」「醒めない夢」「友よ、また会おう」の3曲かな。……って書いてたらやっぱり「醒めない夢」と「友よ、また会おう」の2曲はthe pillowsのPlease Mr.LostmanとLittle Busters再現ライブに行った夜に生まれたというエピソードがあるみたいですね。

最近、というか2010年代後半からスピッツやaikoやサニーデイ・サービスのような(もちろんピロウズも)90年代の世代がまた第二の黄金期レベルの瑞々しさを取り戻してきてる雰囲気がある気がしてるんですが、そういう文脈に数え入れてみたい誘惑に駆られる。

歌詞の面でもなんというか、「裸の高橋徹也」まで言ったらさすがに言いすぎな気はするけど、2018年の『夜に生きるもの』『ベッドタウン』全曲再現ライブが今作の出発点になったと語っているように、自分の過去作と向き合うことで必然的に構造的に起こる視点の変更が生起しているように思える。アナロジーで言ってしまえば90年代の2作が歌詞世界のオブザーバーとしての仮構された一人称視点、『棺』が三人称視点的なアプローチだったとすれば、今回はいよいよ「作者」の視点が混交され始めている。上のインタビューで岡田育さんが言っているように「高橋徹也がついにこんなフレーズを…」みたいになる瞬間がちょくちょくある。

こんなところでまあ厳しい情勢が続いていますが、幸い自分の周囲はまだまだ平和なのでのんびり待ちながら聴き続けようと思います。2020年の春にこういう情況下でこのアルバム聴いてたのはなかなかに後々まで記憶に残りそうだな。

★★★

参考リンク

怪物|全曲コメント | 夕暮れ 坂道 島国 惑星地球

高橋徹也の最新アルバム『怪物』。そこにある、彼の渦巻く思いを深掘りする | 音楽と人.com

ところで今、何期? | 夕暮れ 坂道 島国 惑星地球

高橋徹也 Discography 1996-2020 | 夕暮れ 坂道 島国 惑星地球