上田麗奈さんの新譜『Empathy』が良いです

上田麗奈さんの新譜『Empathy』が良いです

上田麗奈さんの新譜が良いです。あえて今こういう言い方をするんですが、普段声優の音楽活動に興味ない音楽好きの人にも聴いてみてほしい。

また、ついにランティスが方針転換してくれたのかSpotifyやApple Musicにも卸してくれるようになったのでリンク貼ったから既に関心あった人はよろしくね。

あと前のブログに書いたRefRainの記事どっかいったので最初から書き直します。

上田麗奈さんは以前から好きな声優で、名前見かける機会があればちょくちょくチェックしていました。写真集(くちなし)も買った。きちんと声と名前セットで覚えたのは確か映画『ハーモニー』のあたり。その翌年にアイドルマスターミリオンライブを始めたのと、アニラジ聴取習慣がない人間にしては珍しくディメンションWのラジオを完走したことでだいぶおもしろい人だな、というのを覚えて今に至る。

『RefRain』(2016年)のこと

そういった感じで割とのんびり追っかけてましたが、2016年、ソロデビューの発表がありました。

もうこれ3年以上前か。時間経つの早いな。もはや声優のマルチタレント化はほぼ常識化しましたが、この音楽活動はタイミングといいそれまでのお仕事からの流れといいあまり意図が読めず、発表当初かなり不安と疑問視が強かった、はずです。

が、しかしこれは紛れもない傑作でした。ある意味突然変異と言ってもいいアルバムだった。

昨今のアニソンシーンの洗練度を考慮しても『RefRain』はかなり特殊な色合いの作品です。静謐かつ内省的な完全なコンセプトアルバムで、提供作家は何人もいるのに異様な緊張感を纏った統一感がある。ランティス社内でどういう制作工程を経てこれほどアーティスティックなアルバムが生まれてきたのかと考えると謎ですらある(インタビューでRefRain時の制作工程が話されていました。https://natalie.mu/music/pp/uedareina/page/3)。

やや強引にカテゴリー分けすれば、シンガーソングライターの作品に近い手触りがあります。この国には「ちょっと不思議な女性シンガーソングライター」という系譜が昔から確かにある。伝わる奴には「谷山浩子の系譜」って言えば伝わるでしょう。自分の世界観持ってるタイプ。この国の音楽シーンにはいつの時代も必ず1人はそういうアーティストがいる。

※書いたあと感想探してたら「坂本龍一がプロデュースしていた中谷美紀のアルバム」という指摘がありましたが、言われてみればかなり手触り近い気がする(サブスクあります。例えば代表作に『食物連鎖』。
食物連鎖 by Miki Nakatani on Spotify)。

また、余談ですが、2016年は同時期に悠木碧さんの『トコワカノクニ』というもう1枚の名盤が出ていて、こちらもかなりそういう系統に近いです。気付いたらもうだいぶ時間経ってるし、本人ももうこっちのタイプのアーティスト活動はやらなさそうなので、記録の意味も込めてここに記しておく。ただ、悠木さんのアプローチはかなり音響的です。確実にコーネリアスが参照されていると思われる。いわゆる「声を楽器として使う」アプローチで、ものっそいマニアックな音がする。

一方で、『RefRain』は歌が主体です。とにかくビックリするくらい歌が上手い(ここまでのキャラソン聴いてても上田麗奈がこんなに歌が上手いと思っていた人2%もいなかったと思う)。ほぼ何も言ってないに等しいのだが表現力が凄い。もちろん声優という職業の経験から来る役者・演技的なアプローチもかなり大きい印象を受けます。

また全曲の作詞を本人がプロの作詞家と共作で手がけていて、これが単なる「声優が挑戦してみた」程度でなく、かなり「言葉」へのこだわりを持って相当な時間と練り込みをかけて作ったのが伺えます。

その後も2018年のシングル『sleepland』を含む、きわめてゆっくりながら活動は続きました。

メルヘン・メドヘン……いいアニメだったよ……本当に……。

『Empathy』(2020年)のこと

そういった流れで新作『Empathy』が出ました。フルアルバム。なんとライブもある。

前作があまりにも出来が良すぎたのと制作チームもちょっと変わってそうだったので、期待しつつも若干心の中でハードル下げていたところもあったんですが、今回もすばらしい。

※『RefRain』はアイドルマスターミリオンライブの保坂さんがプロデューサーで、個人的にアーティスト活動の開始と作品の質の高さはこの人の働きがきわめて大きいんではないかと考えていたのですが、最近異動?出世?で現場を離れたという情報を又聞きしていたので2ndは変わるかな?と思っていました。結果、やはり『Empathy』はプロデューサー変わったみたいです。

MVが先行公開された「あまい夢」がかなり明るめの曲調だったので一気に方針転換かな?と思ったけど、結果としては『RefRain』の統一感を引き継ぎながらも作品世界を広げるような、芯の通ったアーティスト活動のイメージが持てるアルバムでした。

というか芯の通ったアーティスト活動とか簡単に言ってるけどソロデビュー発表の時点ではなんで音楽活動やねんの雰囲気だったことを考えると、やはりこの出来は異常です。そもそもいまだに普通に本業歌手じゃなくて役者ですしね。

早見沙織さんみたいに元々音楽志向な人ならまだ想像がつくとしても、上田さんがこういった方向で開花するとは思わなかった。少なくともこのタレントを拾い上げることができたというのは今のアニソンシーンの1つの成果と言っていいんじゃないかとすら思います。

そんな感じで、音楽的理論的に詳しい分析は他の人が書いてくれると思うのであとは適当に印象論でいきます。前作は全曲ほぼ自己対話のような内省的な作風だったのに対し、今回は外に向けて、あるいはリスナーに向けて語りかけるような明るい曲調や二人称的な歌詞が目につきます。M-11「Walk on your side」なんか泣いちゃうね。

とは言っても曲のカラーに合わせて無理して明るくしている感じはなく、M-1「アイオライト」、M-2「あまい夢」のようなポップな曲でも上田さんの澄んだ声質が綺麗に活かされています。これはこう言ってよければ本人の資質に由来するのではないのかと思うんですが、明るくポップな曲でもどこかしら影や寂寥や内向きのベクトルの力が忍び込んでいる感じもある。

歌の面では広川恵一作曲のM-4「ティーカップ」なんかは歌うのもかなり難しいと思うんですが、このあたりの歌いこなしは声優の経験も大きいのかもしれない。演技的なアプローチで言えばM-5「いつか、また。」M-8「aquarium」あたりも良い。

また、アルバムの構成でいうとおそらくA面B面を意識した構成になっていて、前半と後半で結構カラーが変わります。上にも書いたけど発売前に先行公開されたのがアイオライトとあまい夢だったので、アルバム後半入ってからビックリした(元々は5曲目以降のみを収録したミニアルバムになる予定だったらしい。https://natalie.mu/music/pp/uedareina/page/2)。

後半は前作『RefRain』を継いだ静謐で内省的な作品世界で、エレクトロニカ的なM-8「aquarium」、M-9「旋律の糸」が核になっていますね。また、序盤のあまい夢とティーカップの間に入っているM-3「Falling」、後半のM-7「Another」の2つの小品が秀逸で(作曲はテクノボーイズ石川智久)、アルバムの統一感に大きく寄与しています。特に3曲目のFallingはかなり大きい気がする。

そして大きいスケールながら、優しく外向きで地に足のついた作品世界が前作のハイライト「あなたの好きなメロディ」と対の関係も思わせるM-11「Walk on your side」で終わる。

といったところで後は各自聴いてみてください。

このクオリティはおそらくかなり長期間に渡る練り込みと制作期間がかかっていると思われるので次の展開も気長に待っています。あとたぶん夏のライブ行けないので2ndライブあるの祈ってます。

☆関連リンク

上田麗奈「Empathy」インタビュー|アーティストとして芽吹く、春の1枚 – 音楽ナタリー 特集・インタビュー

上田麗奈|Lantis web site