熊野宏昭『ストレスに負けない生活―心・身体・脳のセルフケア』

(※2021/04/04ちょっと加筆)

ヴァン・デア・コークやハーマンの大著を除けばこの数ヶ月で買った本の中ではやはり熊野宏昭『ストレスに負けない生活―心・身体・脳のセルフケア (ちくま新書)』が頭ひとつ抜けて良かった。手軽な新書だし何度も読み返している。既に精神疾患の域にまで突入している人にはさすがに厳しいだろうけど(著者も一線越えてたら医者に行って薬もらえと何度も注釈している)、それ以外は万人に大事なことが書いてある本だと思う。2007年出版で今も版を重ねているロングセラーなのは伊達じゃない。

著者の熊野宏昭さんはマインドフルネスの第一人者で、NHKから本を出していたり、マインドフルネスと認知行動療法を組み合わせたACTという療法についての著書が多く出てくる。若い頃から瞑想を実践していたらしく仏教経典の引用なんかもあるんだけどどれも恣意的に見えず、そのあたりにも惹かれる。

この本のベースになっている行動医学という考え方はあとがきでも走り書きで触れられているけど、これは僕なりに敷衍できるのでちょっと書いておく。まず、この「行動」という接頭辞は「行動主義」を意味している。(行動主義心理学 – Wikipedia

これは訳語だと原語のbehaviorismのニュアンスがわかりにくくなっているけど、簡単に言えば「観察可能なもののみを対象とする」という立場を示している。つまり人間の内面のような部分を捨象し、刺激と反応(インプットとアウトプット)のような観察可能・実験可能・データ化可能な部分のみを扱う。最も有名なのはパブロフの犬の実験。もっとざっくり言えば今「科学的」と呼ばれるようなアプローチはほぼこの流れに属している。古くはサイバネティクス、また近年のAIもこれがベースの考え方になっている。というかいまどき行動主義的じゃない思想を探すほうが難しい。

これは精神分析のような流れの心理学と大きく対立する立場で、ここから人間の内面を扱う学問であるはずの心理学では実験(マウス実験や学生にアンケートを取るようなもの)や統計学のような手法が導入されることになった。この本のベースである行動医学はそのような行動主義心理学のアプローチが医学に接続されたものと見ることができる。

そういうわけで、この本は一般向けの精神医学書に近い本でありながら上のような方法論によって著述が明快ではっきりしている。大学の先生らしくどの記述も「どのような考え方に基づいているか」がきっちり示されていて、かつ上に書いたように全編に渡って実験主義・エビデンス主義に基づいているので変な誤解が生まれにくい。スピリチュアル色はゼロ。

本の内容は全5章に分かれている。第1章・第2章がストレスそのもの・ストレスがどのように身体に病気を引き起こすかについての説明。このあたりは内容の凝縮度が高く難しいので流し読みでもいいと思う。ただ第2章脳や自律神経のような一般的心や精神のイメージと結びついている器官の他にも内分泌系や免疫系といった生体調節系の繋がりを抑えておくと後々他の本読むとき便利だと思う。

(※2021/04/04ちょっと加筆)
第1章ではまずストレスという概念そのものの説明から入る。一般的に「ストレス」と言われているものは学術的には次のように分解できる。

①ストレッサー:ストレスの「入力」。状況や負担の大きさ。一般的には「ストレスが強い/大きい」と言われるような事態。
②ストレス:ストレスの「変数」。一般的に「ストレスがたまる」と言われるような事態。本書では「ゴムボールがへこむようなこと」と説明されている。
また、これには個人差や環境による差がある。たとえば大きなストレスを受けたとしても耐性の強い人もいるし、逆に小さなストレスで大きな反応を起こす人もいる。これはこの「変数」が異なるため。
③ストレス反応:ストレスの「出力」。身体や心理や行動に起こる変化。身体や精神の失調、タバコや酒が増えるというような事態。

一般的に「ストレスを減らす」と言う場合(たとえば休暇を取る)は①のストレッサーを減らすということを意味している場合が多い。しかしそれにも限界がある。だいたいこのご時世で部屋にこもりっぱなしなのもそれはそれでストレッサーになると証明された。

そこで、本書は②の「変数」に働きかけることで、ストレスへの耐性を上げるという対処法を提案している。
そのような流れで3・4・5章がコーピング(ストレス対処法)編となっている。ここはそれぞれ「力まず編」「避けず編」「妄想せず編」と題されていて、内容はそれぞれリラクゼーション・認知行動療法・マインドフルネスが紹介されている。
新書の紙面なのでどれも短いけど、1・2章で理論的な根拠を示しているのでこのすべてが一貫したモデルで捉えられるようになっている。そのためかなり説得力がある。上にも書いたけどこの本の筆致は大学の先生らしい明快さがある。紹介されてる実践術はどれも簡単に生活に取り入れられる。
特に簡単なリラクゼーション方法として挙げられていた眼球運動や手をグーパーさせる深呼吸、またマインドフルネス瞑想の初歩である数を数えて雑念を流すだけの呼吸法はかなり効果を感じた。これはWebにも資料がある。

リラクゼーションの方法

この本のあと興味を持って読んだ『実践! マインドフルネス―今この瞬間に気づき青空を感じるレッスン』も良かった。マインドフルネスもバカみたいに大量の本出てるけどこれが一番コンパクトでいいと思う。